「原画の本当の良さを、我々はまだ作り切れていない…」バンダイナムコホールディングス田口社長が語る、作品にかける想い(後編)

2018.09.20

前編はこちら

「手触り感のあるサービスが生き残っていく」バンダイナムコホールディングス田口社長が語る、エンタメ業界の未来とは(前編)


鈴木 これからはIPを中心に、その価値を最大化させるためにどのファンクションを組み合わせていくか。それをグループ全体で連携しながらやっていくということですね。

田口 そうです。商品・サービスを通じて、IPの価値最大化をし、みんなで一緒に育てていく。それをもっともっと従来よりも色濃く、この中期から加速させるということです。

鈴木 そのコンセプトや考え方は、社員のみなさんにとって、結構ドラスティックに感じられているのでしょうか。

田口 IPを生かすだけでなく、新しいIPを生み出すための技術など新しい要素も磨かなければいけないというのは、たぶん伝わっていると思います。これまでの延長線上に幸せな未来があるというのは、もう考え方として無いです。

鈴木 危機意識は伝わっているんですね。

田口 ただこれも贅沢な悩みですが、業績好調が続いているので、一度で理解するのは難しい話だと思うんですよ。今やっていることは、変えないほうが成功するんじゃないか、これが世の中のセオリーですからね。

だから「このままでは必ず我々の商品・サービスは劣化するよ」ということは繰り返し伝えています。これは仮にデジタル化が加速しなくても、我々のビジネスは成長して成熟すると、衰退するモデルです。それを新製品や新プロダクトで補ってきたのが、我々の事業の連続性でした。それがデジタル化でさらに加速すると、もっと早い新陳代謝が起こります。

ただ原則論は変わっていないので、今あるものをもっと磨くことも当然続けていきますが、新しいものを2、3割取り入れていかないと、絶対その事業体は世の中から受け入れられなくなります。

鈴木 なるほど。

田口 だからこのアクセラレーターを通して、グループの中にもっと認識付けできればと思います。なぜこのアクセラレーターをやり始めたのだろうか?なぜ社外を巻き込む必要があるのか?という「Why」がグループの中でもっともっと生まれるといいですね。

鈴木 ちなみに社外から見つけたいのは、IPなのか、IPを輝かせるアプリケーションなのか、もしくはそれ以外のテーマでしょうか。

田口 甲乙付け難いですね(笑)ただ今回のアクセラレーターによらず、元々各ユニットによるIP創出は別軸でやっているんですよ。だからこのプログラムから、NHKのチコちゃんみたいな新しいIPは出てこないと思うんですよね。

一方、この技術を使えばチコちゃんの感性みたいなものはさらに面白くなりますよ。という意味でのIPの提案は、今回のアクセラレーターで期待しています。



共創する上での、良いパートナーシップとは

鈴木 色んな記事を拝見していると、田口さんは元々イノベーションを積極的に推進されていらっしゃるので、社内からもそういう活動は生まれているように感じますが、その理解で合っていますでしょうか。

田口 うーん…。実はイノベーションをやるやらないという、是々非々論というものは我々の中にはないです。

鈴木 そうなんですね。

田口 我々のビジネス構成の大半を占めている、定番のIPがあるじゃないですか。ガンダムやドラゴンボールなどです。ドラゴンボールはみんな知っていますが、例えばデバイスの特性がちょっと変わったり、時代の新しいネットワークインフラみたいなものが出てくると、ドラゴンボールの悟空はまた新しい魅力を出してくれるんです。

本質的な悟空は変わりませんが、より悟空がリアルに近づくための、デジタルツールが生まれたりするんですよ。だからそのためのイノベーションは絶えず起きないといけません。ドラゴンボールは基本同じものが継続していますが、それがお客さんに評価されるためには、我々は昨日と同じ仕掛けだけではダメなんです。

昨日と少しでも進化している。そういう新しい価値を提供し続けないと、昨日は支持してくれたのに、今日は支持してくれないということになります。

これまでは、ライセンサーの活動にある程度委ねていたところがあるんです。定番IPの商品展開に連続性を持たせるために絶対不可欠なことは、新しいストーリー、敵やサブキャラを登場させること。事業拡大を行うためには、さらに深い協業や連携が必要です。

当然IPのラインナップも大事ですが、これからは「我々の技術で悟空をよりファンクションに見せる方法論もあるよね。」「我々の努力でもっと輝かせることができるよね。」というのが大切になります。

鈴木 要はライセンサーの意思だけに依存しないで、価値を上げていくということですね。

田口 IP価値を最大化するためにはライセンサー、ライセンシーという縦型の関係性だけではなく、もっと一体となって価値を作り上げていくイメージです。

鈴木 ライセンシーからライセンサーに、フィードバックがあっても良いわけですよね。

田口 あると思います。今我々はそれをどんどんやろうとしています。ですからライセンサーが「え!?」「初めてでどう考えたらいいのだろう」となるような提案を、どんどん我々の技術でさせていただきたいなと思っています。


鈴木 AR、VRなどは、ライセンサーが考えていないようなストーリー展開やキャラクターが出てきてもおかしくないですよね。

田口 出てきてもおかしくないです。これちょっと余談になっちゃうんですが、ドラゴンボールを初期の頃よりアニメ化の企画・プロデュースをしてきた東映アニメの会長が、ある時ジャンプ展に行って、ドラゴンボールの今までの連載が壁に貼ってあるのを見ていたんですね。

すると会長が「悟空はこれが魅力なんだよなぁ。俺はアニメ屋だけど、これができなかったんだよ」というものが1つあったんです。

それは、悟空が喋ったり戦っている時はあまり出ないんですが、悟空がふっと笑う瞬間があるんですよ。戦いをちょっと止めて、戦い終わって、ふっと笑う瞬間。その瞬間に、目の表情が黒目じゃなくなるんですよ。白い目になるんです。

絵を見てもらうとわかるんですが、白い目の時は、悟空が本当に優しそうな顔に見えるんですよ。愛に溢れている表情というのかな。

これはテレビのアニメでなかなか描けない。白い目で描くことはできても、この笑っているような、ふっと優しい表情ができないんだよ。と会長さんは仰っていました。アニメというのは原画を彩色して動かしていますが、どんどんリアルに近づいているようで、まだまだ技術的に不十分な領域があります。これはゲームでもそうなんです。

世の中どんどん進化しているようにみえて、原画の本当の良さを、我々はまだ作り切れていないよね。という話になったんです。

これはすごく大きなことで、ゲームのデザイナーからすると、それをやっぱり再現したいですよね。音もなくて動きもない1コマというのは、壊れている1コマになってしまいますが、白目でふっと力を抜いた時の悟空の顔は、やっぱり愛に溢れている。それをなんとかゲームで再現出来たらすごいなぁと思い、ちょっとゾクっとしました。



鈴木 そういうのは、鳥山明さんとも喋ったりするんですか。

田口 会長から話されているのかはわかりませんが、もし鳥山さんに話したら、最高に喜ぶでしょうね。「ようやく君もそのレベルまで来たか」なんて(笑)

鈴木 本当の悟空に辿り着けた感じですね(笑)

田口 原画が最も根源的な存在なので、作品の表面上だけじゃなく、本質的な魅力を理解する必要があります。どれだけそのもたらすアトモスフィアー、空気感も含めて我々がゲーム化、商品化できるのか。それをしないといけないんじゃないのかなと思います。

読者やゲームユーザーが作品を受け止めた時に感じる、非言語領域の「間」みたいなものを、こちら側は読み取らないといけないですよね。

鈴木 読者も世界観持っていますからね。

田口 そうなんです、その「間」を詰め切れるかどうかが大事です。

鈴木 我々は、アニメーションに自己投影していますよね。こういう世界観が欲しいという価値観を持ちながら、作品に入り込んでいます。


日本人の良さは、表現の自由を認める寛容性

鈴木 IPを中心点とする事業展開は、ディズニーさんがロールモデルだと思いますが、彼らを参考にしている点はありますか。

田口 世界で最も期待されるエンターテインメント企業グループと我々が掲げた時に、「それはディズニーでしょう」とおっしゃる方も多いんですね。ただ、我々とディズニーさんはやり方が少し違うと思っています。

ディズニーさんの場合は、全世界に作品を提供するやり方なので、圧倒的なマスへのリーチ力を持っており、その力に尊敬を感じています。ただ我々は、それに同じやり方で対抗しようという考えはあまりないんです。 

日本のIPの良さは「多様性」です。色んな人が、多様な環境の中で色々なものを作ってきました。その幅の広さたるや、世界に例がないと言われています。

日本人の多趣味な国民性と、表現の自由を認めた寛容性が、日本のIPを育てたと思っています。「私はこのキャラクターが好きだけど、あなたはこっちのキャラクターが好きなんだね」という好みの多様性から、日本にはたくさんのIPが集まっているんです。


鈴木 たしかに、日本人はそれぞれ好きなアニメやキャラクターを持っていますね。

田口 ポピュラリティーを考えた場合、例えば100人中70人に20%ずつ好きになってもらうということが、ビジネスの方法論としてあります。我々は敢えてもっとエッジの効いたニッチ作品を理解し、価値を最大化することで、ビッグニッチに育てていきたいと考えています。だから我々はニッチ大歓迎です。

100人いたら、その中の10人しか好きと言ってくれなくても、その10人に100%好きと言われることをやっていきましょうというのが我々です。色々な事業体を使ってそのIP価値を最大化し、その10人に100%満足してもらうことを、事業の生業としていきたい。そう考えています。

鈴木 日本は海外でのビジネスに苦戦を強いられている状況ですが、その中でこのエンターテイメントコンテンツは、世界で戦える1番の武器じゃないかなと感じます。

田口 そうですね。ただ何もしなければあと何年かしたら追いつかれると思います。

鈴木 そうなんですね、どこに追いつかれますか。

田口 中国や韓国などはすごく力をつけていますね。だから過去と同じやり方だけで、これからも我々のポジションが保証されているという考え方はやめようと伝えています。次の新しい価値を生み出すために、新しいやり方で新しいものを作っていく。それをやらないと追いつかれると思います。

鈴木 御社は日本のトップエンターテイメント企業なので、ぜひそれを先導して実現いただけることを願っています。ちなみに、日本国内で海外に通用するようなコンテンツを抱えている人って結構いますよね。

田口 いますよ、絶対います。コミケにバンダイナムコスタジオも参加していますが、我々とは異なる立ち位置にいたので、今までは違う勢力図だと捉えていました。しかしあの人たちが、今の日本のコンテンツを作る表現者にどんどん成長しているので、やっぱりここはオールジャパンでやるべきだと感じます。

鈴木 オールジャパンの旗を御社に振っていただけたらカッコいいですね。

田口 70年代、80年代に日本のIPが世の中にすごく出ていたので、その時にドラゴンボール、マジンガーZ、グレートマジンガーなどを見ましたという人が、フランスなどにも沢山いて、市場が作られたわけです。

フランスでは、グレートマジンガーの人気がすごくて、マジンガーZよりも人気なんですよ。その時ファンになった人たちが、経済圏を形成しています。ただ日本のIPが人気となって以降、少し間隔が空いてしまいました。

その後、海外の大手配信会社がこぞって日本の作品に大きな関心を示しています。

我々はこの時代の変わり目をずっと待っていて、願っても叶わないくらいのビジネスチャンスが来たと。各ライセンサーさんが、海外のプレーヤーに日本のIPを乗せていく。

その結果、たくさんの日本のIPが海外に今出ています。さらに日本人が連続して作るスキルがどんどん上がっています。

今作っている人がたくさんの作品に触っているので、ものすごい経験値が日本に蓄積されるってことになると思います。

それを我々が連続して、市場を再生して、活性化して海外に活かすインフラを、持続的に持たなきゃいけない。要は海外へのパイプ役を、我々が担う必要があります。



コミュニティ形成が最大の価値になる

鈴木 最後に今回のアクセラレーターに期待していることを、今一度教えていただけますか。

田口 面白い企画をいただいて、それを一緒にワークして、それが最終的にビジネスになることが目標としてありますが、いきなりそこまでは難しいと思います。だから一つの期待としては、ネットワークですね。

起業家のネットワークも大事ですが、個人の方とのネットワークも大事です。日本の多彩なIPを展開する我々にとっては、多彩さは個人の領域まで及ぶのが良いでしょう。このアクセラレーターを通して色々な方と出会うことにより、「あの時一緒にやった彼ですよ」というコミュニティ形成されることが、僕は一番の成果物だと思います。

それが連続していくと、その中からどんどん経験値が蓄積されていき、自分たちの改善点が浮き彫りになってきて、成果物が出てくる。垂直方向に良い企画がボンと出て、それをIPと組み合わせてやったら価値が増大したというのは、あれば当然嬉しいですが中々ないです。

そういった性急な成果よりは、人と人とのコミュニケーションを大事にする、オープンなグループだなと思っていただけることが、今回の最大の目標です。

鈴木 なるほど、本日は貴重なお時間ありがとうございました。


バンダイナムコアクセラレーター2018

・・・