不要流行と自然の理法「なぜ起業は失敗するのか」でまとめましたが「人は間違える」ということですね。ここで、ゼロからイチとそれ以降が極めて違うプロセスであることをまとめてみます。
なぜ、しつこくこの話をするかというと、企業内の新規事業(いわゆる飛び地・破壊的イノベーション)が極めて起こすのが難しいことと、会社内でかなり活躍したような人が起業の世界でメロメロになることへ、一石を投じたいからです。
ゼロからイチの工程とは何か
下図で言うところ「0→1」のところですね。企業の人生を考えると、まずは何も無いところから初めて、成長し、その内に飽和する(デッドゾーン)。その後、衰退期があり、運が良ければV字回復という形ですね。
会社内ではゼロイチは味わえない
会社内の新規事業ではこの点を強く意識する必要があると思います。名刺もあり、給与も出る、いくら新しいものでも流石に経理部から人事部まで全部無視してなんでもやるというのはあり得ないので必ず何がしかの「下駄(必ずしもポジティブではない場合もあるが)」を履いております。私はだから会社の新規事業が甘いとか、起業は大変だと言いたいのではなく「異なる」と言いたいのです。特に会社の場合は市場というよりは社内の調整を行う事がかなりのウエイトを占めるので求められる能力が大きく異なります。
起業の場合でも過去の経験をベースで闘うケースが多いので、経験が役に立たないというのではく、自分が認識している能力と使える能力が大きく異なること、後は、鍛えていない能力があることです。
企業内で新規事業を沢山行っていると、当然、その能力は使えます。問題はそれを本人が能力だと思っていないケースが多いのです。逆に持っていないゼロからイチの能力を持っていると錯覚するのです。これが不幸の始まりです。
ということですね。
ゼロからイチとイチから拡大させていくことと何が違うのか
分かりやすく言えば、最初にナマコを食べた人は良く食べたと思います。ゼロイチはこれを食べる・または食べさせる能力です。既に美味しいとわかったものを人に広げるのがイチからその上の工程になります。つまり「違う」のです。ゼロからイチとそれ以降のどちらが上かという議論ではなく、ゼロからイチでは価値観を変えるので、ミラクルが必要になります。
具体的に言うと、今の01Boosterを考えてみましょう。最近は地方自治体や行政さんに頼まれて良く講演に行きます。大学でも講演します。これも最初からではなく、最初は、周りを説得してくれた人や、とりあえず、交通費をこちらで払ってでも講演をしたりとか、あるいはそれを受け入れてくれた人とか、多くが見向きもしない中で「イノベーター」との人間関係を通じて始まったものです。実績ができた上で何かをすることとは根本的に異なります。実績が出た後は改良してもっと話を面白くしたりとか全然違う工程になります。
ゼロからイチを行う時に多くの人が右往左往し出すのは、まるで勝手が違うからです。
相手にもされないか、約束も守られないか、正攻法で行ったら全部失敗とかそんな形です。上手く行っていないので一緒にやっている人も懐疑的です。
指針になることが何も無い中で何かを決めて進むという行為に多くの人は慣れていません。それは自分も周りもです。
問題は多くの人が下駄を履いていることを認識できないこと
「下駄を履いていることは認識できないのでどうするか?」と考えたほうが楽だと思います。デフォルトで認識できないので下駄を履いていることを。その下駄を探した方がベターですね。何故なら、自分の無意識の行動は全て下駄を履いた状態で行ったことなので、(自分では認識できない)下駄を脱いだ後にまるで周りの反応が異なる事にいわばカルチャーショックを受けることになります。
最近、01Boosterも様々な新規事業を考えます。しかし、それは全てが持続的イノベーションです(今の事業に連続していること)。その時に感じたのはゼロからイチに比べて持続的イノベーションは初動の気が楽だなぁということです。アップセルだったりすれば更にですね。
例えば01Boosterがイノベーターの人材事業をやるとしましょう。もちろん、事業にシナジーがありそうな分野にはなりますが、その場合は、ベンチャー支援をしていたり、大企業との連携もしているので、人材側も受け入れ側もゼロから始めるわけでもありません。その上に積み上げるものです。これは付き合いのない会社に関しても「何故自分たちがそれをやるのかを説明できる」という点です。
この下駄(過去の事業や積上げた実績・アセット)って本当に大きいんだなぁと思ったのがゼロからイチとそれ以降を通じて最近感じたものです。